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広島高等裁判所 昭和54年(行コ)2号 判決 1982年2月24日

広島県福山市御門町三丁目一〇番二四号

控訴人

園尾博男

右訴訟代理人弁護士

竹田浩二

同県同市三吉町二丁目二五〇の三

被控訴人

福山税務署長

松井慶司郎

右指定代理人検事

原伸太郎

同法務事務官

山根光春

同大蔵事務官

渡辺忠義

木梨昭三

寺越慎一

右当事者間の所得税更正処分取消等請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原判決を取り消す。

被控訴人が昭和五一年三月三一日付でなした控訴人の昭和四八年分所得税につき総所得金額を一〇八〇万七五五四円とする更正処分(ただし、異議申立に対する被控訴人の決定により一部取消がなされた後のもの)のうち六七〇万七五五四円を超える部分、及び、昭和四九年所得税につき総所得金額を四八五万四二六六円とする再更正処分(ただし、異議申立に対する被控訴人の決定により一部取消がなされた後のもの)のうち一三五万四二六六円を超える部分を取消す。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一申立

一  控訴人

主文同旨の判決

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

第二主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決二枚目裏冒頭の「原告は、」の次に「貸金業等を営む者であるが、」を、同三枚目裏七行目の「これは、」の次に「控訴人の事業の遂行上生じた貸金の貸倒れであるから、」をそれぞれ挿入する。

二  控訴人

原判決請求原因3項につき、次のとおり追加主張する。

(一)1  控訴人は、債務者に対し昭和四八年末総額七六〇万円の貸金債権を放棄したので、同年度中に、同金額相当の貸倒損失が発生した。これは控訴人の事実の遂行上生じた貸金の貸倒れであるから、事業所得金額の計算上必要経費に算入すべきである。

2  仮に、右債権放棄が昭和四九年初になされたとすると、同年度の所得計算上、同額を必要経費に算入すべきである。

(二)  仮に、右貸金債権の全額が貸倒損失として必要経費に算入されないとしても、所得税法基本通達五一-一九の第六号によると、債務者が手形交換所の取引停止処分を受けた場合には、貸付金の五〇パーセントを貸倒れとして必要経費に算入できることになっており、昭和四八年に、弁済期が同年中の貸金債権四一〇万円の五〇パーセントの二〇五万円、昭和四九年に、弁済期が同年中の貸金債権三五〇万円の五〇パーセントの一七五万円を貸倒損失として必要経費に算入すべきである。

三  被控訴人

(一)  控訴人の右追加主張(一)の事実は否認する。

(二)  同(二)の主張は争う。

貸金等が事実上回収できない蓋然性がある場合、一定の要件に該当する場合に限り、貸金等の内一定の金額を債権償却特別勘定に繰入れ、当該年分の貸金等に係る事業所得の金額の計算上必要経費に算入することができるとされている。

しかし、債権償却特別勘定の設定は、貸倒損失の特例とされておるところから、債権償却特別勘定への繰入れ及びその取崩しの事実を明らかにするため、確定申告書に債務者ごとの明細を記載した明細書を添付することとしており(所得税法基本通達五一-二五)、これらの要件を満す場合に限り貸金等の部分的な貸倒損失を認める取扱いが設けられているものである。

個人の場合においても、法人と同様債権償却特別勘定の繰入れに係る債権者ごとの明細書を添付することを要件としている。

ところが、控訴人は、所轄税務署に提出した確定申告書には、収入金額及び必要経費等を記入しているのみで、債権償却特別勘定への繰入れ並びに明細書の添付はなされていない。

従って、被控訴人が債務者に対する貸金の一部について、控訴人が確定申告書を提出した後に、債権償却特別勘定による貸倒損失の認定をすべきものではない。

第三証拠

当事者双方の証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人

(一)  後記乙号各証の成立は、いずれも認める。

(二)  当審証人難波徹次の証言及び当審における控訴人本人尋問の結果を援用。

二  被控訴人

乙第九ないし第一二号証を提出。

理由

一  請求原因1、2の各事実は当事者間に争いがない。

弁論の全趣旨によれば、本件所得の査定については必要経費以外の点については争いがなく、唯一の争点は控訴人主張の債務者訴外難波徹次に対する貸付債権が、貸倒損失として控訴人の本件各係争年分の事業所得金額の計算上必要経費に算入されるべきものであるか否かということであるから、この点について検討する。

(一)  まず、所得税法上ある年度に債権の貸倒損失が生じたとしてその額を当該年度の所得金額の計算上必要経費に計上することができるのは、(1)債務者が倒産するなど支払不能となったため債権の全部又は一部について免除、放棄等の債権の切捨てがなされ法律上当該債権が消滅した場合、又は、(2)債務者の資産状況、支払能力等からみて事実上債権を回収できないことが明らかになった場合でなければならないと解すべきである。

(二)  しかして、控訴人は、債務者の倒産後の昭和四八年末か昭和四九年初に債務者に対し貸金債権七六〇万円を放棄した旨主張するが、これにそう当審証人難波徹次及び当審における控訴人本人の供述部分は、成立に争いのない乙第七号証に照らして措信し難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(三)  そこで、本件各係争年度における債務者の資産状況、支払能力等について検討する。

1  控訴人が債務者に対し原判決添付別表一、二記載の債権を有していたこと、同表一の債権のうち四一〇万円については昭和四八年中に、三五〇万円については昭和四九年中にそれぞれ弁済期が到来したこと、同表二の債権合計六六〇万円についてはこれを担保するため債務者所有の宅地、建物につき抵当権が設定されていたこと、右担保物件に対し他の債権者から競売の申立がなされ、控訴人の妻訴外園尾節子がこれを四四〇万円で競落し、昭和四九年一二月二四日競落許可決定がなされ、右競落許可決定は昭和五〇年一月二五日競落代金の納付により確定したこと、控訴人は、右競売手続において、昭和五〇年三月三日競売裁判所に対し、債権計算申出書を提出し、同月七日競落代金の分配金一〇四万七七四九円の交付を受けたこと及び被控訴人の原判決「被告の主張3」の各事実は当事者間に争いがない。

2  次に成立に争いのない甲第一号証、同乙第二号証の一、第四号証の一ないし三、第八号証、原審並びに当審証人難波徹次の各証言、当審における控訴人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠は存しない。

(1) 債務者は、電器製品販売業を営んでいたが、著しい債務超過の状態が相当長期間継続して商品の仕入れすら出来なくなり、他から融資を受ける見込みもなく、遂に昭和四八年九月二〇日手形の不渡を出し、約六〇〇〇万円の負債を抱えて倒産したこと。

(2) その頃、債務者が所有していた財産は、右担保物件たる自宅建物と敷地(建物は債務者とその母との共有で債務者の持分三分の二)のほか、商品と家財道具があったが、倒産後、債務者は右商品等を債権者に委ねて、家族五人と共に居宅を立ち去り、債務者の不在中に商品の販売元等の債権者らが、前記商品を引上げ、家財道具を債権の引当として持ち去ったこと。

(3) 債務者の担保物件については、控訴人のために被担保債権、元本合計六六〇万円の抵当権が設定されているほか、備後信用組合の被担保債権元本極度額合計三五〇万円、中国シャープ電機株式会社の被担保債権元本極度額一〇〇〇万円の各根抵当権が設定されており、右被担保債権元本合計二〇〇〇万円程度の貸付債権が未払状態で現存しており、広島地方裁判所福山支部が昭和四九年に鑑定人に依頼して担保物件の評価をさせたところ、右宅地が四〇〇万円、建物が五五万八〇〇〇円であって、控訴人は、担保物件の競売手続において、昭和五〇年三月三日被担保債権及び利息、損害金合計九一三万八九四〇円の債権計算申出書を提出したが、競売代金四四〇万円のうち、一〇四万七七四九円の分配金を交付されたに過ぎず、担保物件の競売をもってしても被担保債権の一部しか弁済を受け得なかったものであること。

(4) 控訴人が債務者の保証人訴外酒井紀夫から回収した五〇万円の貸付債権は前記別表一、二の貸付債権とは別個の債権であること。

(5) 債務者は、昭和四八年一〇月二日ころ、詐欺の容疑で捜査当局に逮捕され、二か月間身柄を拘束された後、同年一二月初め保釈出所したが、既に前記のとおり、自宅から商品と家財道具が持ち去られて、債権者が入居していたため、債務者は、家族と共にアパート住いをして、魚市場で稼働するようになったが、その月の収入が僅か六万円余であったこと。

(6) 債務者は、昭和四九年一月から保険会社の外交員として就職し、同年中に約一〇〇万円の収入があったが、妻の出産により六人の大家族(母と妻、子供三人)を抱えその生計を推持するのが精一杯で、家賃の支払にすらこと欠くほどであったため、止むなく高利貸から借金して新たな負債が増加し、前記倒産以後従前の負債を弁済する余地は全くなかったこと。

(四)  しかして、前記争いのない事実及び右認定の各事実によれば、次のとおり判断すべきである。

1  債務者所有の担保物件の競売手続は、昭和四九年末までには未だ完了するに至っておらず、したがって同年末の段階では、右担保物件の競売代金も、また右競売代金から配当を受け得る被担保債権の金額も最終的に明らかになっていなかったけれども、本件各係争年度において、担保物件を処分することによって得られると見込まれる該物件の価額が被担保債権の総額をはるかに下まわっていることが明らかであり、その競売手続の終了をまつまでもなく、客観的に見て一般債権の弁済に充てられる剰余金の生ずる余地が全くなかったものといわざるを得ない。従って、当時債務者に対する一般債権の引当てとなるべく資産は皆無ということになる。

2  また、債務者は倒産後、事業再開の目途はなく、働いても家族の生計を支える収入さえ得ることができない困窮状態が続いていたものである。

3  右のような債務者の負債、資産状況及び収入、生活状況等から客観的にみて、本件各係争年度において、債務者に対する一般債権の回収は事実上不能であり、右債権は無価値に等しいものといわざるを得ない。

(五)  そうすると、控訴人の債務者に対する無担保債権の総額七六〇万円のうち、四一〇万円は昭和四八年中に、三五〇万円は昭和四九年中に弁済期が到来したので、控訴人には右各年中にそれぞれの回収不能金額相当の貸倒損失が発生し、これは控訴人の事業の遂行上生じた貸金の貸倒れであるから、事業所得金額の計算上、必要経費に算入されるべきものである。

二  従って、本件各処分には、右貸倒損失の必要経費算入を認めず、控訴人の総所得金額を過大に認定した違法があるというべく、本件各処分の各総所得金額につき、昭和四八年分については前記異議決定額一〇八〇万七五五四円から右貸倒損失額四一〇万円を差し引いた六七〇万七五五四円を超える部分の、昭和四九年分については前記異議決定額四八五万四二六六円から右貸倒損失額三五〇万円を差し引いた一三五万四二六六円を超える部分の取消を求める控訴人の本訴請求は正当であり認容すべきである。

三  よって、これと異なる原判決は不当であり、本件控訴は理由があるから、原判決を取消し、控訴人の請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 胡田勲 裁判官 土屋重雄 裁判官 大西浅雄)

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